中学校で〈人称代名詞〉について学習したときに、〈主格・所有格・目的格〉といった変化形を学んだと思う。この「格(case)」は他の語との関係を示している。
古英語には(現代ドイツ語同様に)主格・属格・与格・対格の4つの格があり、格によって〈名詞〉が語形変化した(〈人称代名詞〉だけでなく)。現代英語の〈名詞〉では、こうした語形変化として残っているものは〈's〉(アポストロフィs)がつく〈所有格〉のみである。
伝統的には「〈's〉をつけて〈所有格〉にしてよいのは生物のみであり、無生物の〈所有格〉は〈of+名詞〉で表す。ただし慣用表現を除く」と日本の学校英語では教えられてきた。だが、これには根拠が無い。『実践ロイヤル』から引用しておく:
たとえば「その箱の幅」のことを、the box's widthと言ってもよければ、the width of the boxと言ってもいいように、名詞の所有格と〈of+名詞〉はいずれも同じ意味を表し、どちらを使っても差し支えない場合が実に多い。文脈や文体の面から見てもどちらのほうがいいのかは何とも言えないという場合も決して少なくない。従来、「生物には〈's〉を用い、無生物には〈of+名詞〉を用いるのが原則で、無生物に〈's〉が用いられる場合もあるが、これは慣用的な例外である」と教える伝統が長く続いていたが、最近ではこうした教え方はあまり見られなくなってきている。英語圏でも、一昔前までは「所有格」を表す用語としてthe possessive caseという言い方がよく使われていたが、この言い方だと、possess(所有する)との連想が強いだけに、「〈's〉は、人間や動物、つまり実際何かを所有できるものにしか使えない」という誤解を招きかねない。それを避けるために、the possessive caseの代わりにthe genitive caseという用語を使うのがふつうになっている。〈of+名詞〉は、厳密に言えば「所有格」ではないが、こういう理由で、〈's〉所有格と〈of+名詞〉の両方を所有格と言うことが多い。(『実践ロイヤル』[353-4])
上記引用中のthe genitive caseとは、古英語(や現代ドイツ語など)でいう「属格」のことである。ちなみに現代ドイツ語文法の日本語訳では、近年、主格・属格・与格・対格の代わりに1~4格と数字で表現することのほうが多い。
なお、「最近ではこうした教え方はあまり見られなくなってきている」と述べられているが、『Forest第7版』(2013)ではいまだに「こうした教え方」がなされているし、他の参考書類でも、この文章を書いている時点で散見される。もし問題集などで無生物の〈所有格〉を問う問題が出たならば、「伝統」に従っておいたほうが無難である。もちろん、「どちらでもよいばあいが多い」だけであって、どんなばあいにも〈's〉を使ってよいわけではない。
この文章の中では、「属格」という意味で「所有格」という言葉を使うことにしたい。読者が他の問題集などで類例に出会ったときの整合性をとるためである。
原則として、〈名詞〉の語尾にアポストロフィ(')sをつける。
-(e)sで終わる〈複数名詞〉はsが重ならないように、アポストロフィ(')だけをつける。
-(e)sで終わらない〈複数名詞〉にはアポストロフィ(')sをつける。
ふつうは〈-'s〉〈-’〉どちらでもよい。発音が[s]で終わる人名には〈-'s〉[iz]をつけ、[z]で終わるばあいは〈'〉だけをつけることが多いが、これも発音は[iz]になるばあいが多い。
上述したように、伝統的には「'sをつけて〈所有格〉をつくるのは人間や動物で、無生物のばあいは〈of+名詞〉の形で所有関係を表す」と教えられてきた。現在でもそう書いている文法書は多い。そして「無生物で'sを使う慣用的な例外がある」とも教えられてきた。これは逆にいえば、試験ではこの「例外」が問われやすいということでもある。
次の例文は、3つとも「文法的には」正しい:
この3つとも、辞書には正しい英語の語法として記載されている。
ところが、ネイティブには例文3は奇妙に聞こえるばあいがある。「文法的には」例文3の〈不定冠詞〉(a)はwalkを修飾する〈限定詞〉である。が、「〈不定冠詞〉は〈単数形〉を修飾する」という先入観が強いため、ten minutes'と〈複数形〉を続けると、まるで〈不定冠詞〉(a)がminutes'を修飾しているように、つまり奇妙に聞こえてしまう。
例文2はten-minuteでひとつの〈形容詞〉として働くため、たんなる〈a+形容詞+名詞〉の形である。この形がもっとも一般的である。
試験ではいずれでもOKかもしれないが、日常的には例文1か例文2で書いたり話したりするのが無難である。
なお、この問題は、英語圏・日本語圏を問わず、WEBサイトの「質問コーナー」の常連ともいってよいものだが、なかには「〈所有格〉と〈冠詞〉は同時に使えないから」例文3はNG、と誤った解説をしているものもあった。〈冠詞〉と同時に使えない〈冠詞相当語〉は、「〈人称代名詞〉の〈所有格〉」および「〈固有名詞〉の〈所有格〉」である(→16-1-3)。a man's voiceやthe hotel's lobbyなど、〈名詞〉の〈所有格〉ならば同時に使うことができる。
「所有」する(属する)〈名詞〉が他の修飾語句によって後置修飾されているばあい:
「その男の助言」(the man's advice)といいたいが、「どの男なのか」をいうためにat the gateがthe manを後置修飾している。そのため、adviceの前に〈's所有格〉の形で使うことはできない。
おじがテニスクラブのオーナーであるわけではなく、所属しているという意味である。息子が理事長を務める学校というわけではなく、通っているという意味である。
〈所有格〉の後ろに〈名詞〉がこないばあいがある。後の〈名詞〉が省略されているとも考えられるし、〈所有代名詞〉(mine, yours, hers, oursなど)のように「~のもの」という意味のばあいもある。いずれにせよ、〈所有格〉は〈所有代名詞〉の代わりになっていると考えればよい。文法用語では「独立所有格」などというが、このことばは覚えなくてよい。
〈固有名詞〉および〈人称代名詞〉の〈所有格〉は、〈冠詞〉や〈指示代名詞〉(this, that, these, thoseなど)、〈不定代名詞〉(some, anyなど)、〈疑問代名詞〉(whose, what, whichなど)と連続させて使うことができない(〈冠詞相当語〉の法則)。
たとえば「ジムのこのカメラ」というときに、[誤]Jim's this cameraだとか[誤]this Jim's cameraなどということはできない。このようなばあい、〈of+所有格〉の形にして後置修飾させる。
この形を、〈名詞〉の〈所有格〉と、〈of+名詞〉の形の〈所有格〉の、両方を使っているので「二重所有格」と呼ぶことがある。
このときの〈名詞〉の〈所有格〉は〈所有代名詞〉(独立所有格)に相当する。また、ofを〈同格〉のofと考えても差し支えないだろう。たとえばthis camera of my father'sといえば、「私の父のものであるところの、このカメラ」というほどの意味になる。
なお、一般的には、この形でtheは使わない。
また、
この言い回しは明らかに誤っているが(aという〈冠詞〉に、myという〈冠詞相当語〉を連続させることはできない)、次の「正しい」語法の意味の違いに注意する。
これは「特定の友人」を指している。〈所有格〉(father's)が〈定冠詞〉の機能を果たしており、「あの、例の」という意味がある。
これは「複数いる友人のうちの任意の1人」を指している。友人が複数いることは確実である。
これも「友人のうちの任意の1人」の意味になるが、友人が他にいるかどうかは不明である。